発喜山(ほっきやま)絵下山(えげさん)中倉山(なかくらやま)龍山(たつやま)中野山(なかのやま)明神山(みょうじんやま)
 
単独 2016.12.30 
JR呉線矢野駅(6:44/49)→発喜山北尾根取付(広島熊野道路)(7:26)→坂支線鉄塔№10(7:37)→矢野城跡(7:56)→野間神社(8:21/26)→発喜山(8:36)→絵下山公園頂上広場(8:51)→展望台(8:58)→地デジ放送所(9:06)→絵下頭(9:27)→矢野霊園前(10:03)→深山の滝(10:09)→市道安芸4区192号線(10:19)→中倉山取付(10:45)→中倉山(11:15)→宴会岩(11:18)→寺屋敷分岐(11:36)→市道安芸4区192号線(寺屋敷)(11:49)→龍山取付(12:18)→龍ノ口岩(12:50/13:14)→龍山(13:18)→西小屋山(13:30)→龍山(13:41)→中野山(14:00)→地デジ放送所(14:36)→展望台(14:40)→明神山分岐(14:49)→明神山(15:07)→展望岩(15:26)→252.3m峰(15:33)→茶臼山(15:56/16:02)→南広島連絡線鉄塔№32(16:13)→R31(16:42)→起点(16:55)
アルバム

JR呉線矢野駅(6:51)

発喜山取付(広島熊野道路)(7:26)

矢野城跡(7:56)

野間神社(8:22)

発喜山山頂(8:36)

絵下山公園頂上広場(8:52)
広島市近郊の山歩き。発喜山から絵下山、中倉山、龍山、中野山、明神山、茶臼山と繋いだ。JR呉線矢野駅を6時49分に出発。矢野安浦バイパスを上がり、矢野ニュータウンの東端(矢野南5-16-12)から発喜山の北尾根末端に取り付く。うまい具合に、広島熊野道路に降りたところから丸太階段の送電塔巡視路が上がっていた。坂支線の鉄塔10からは、100mばかりコシダが茂るが、大したことはない。この送電塔の建つ小ピークを福永山と呼ぶらしい。南に下った鞍部へ、ニュータウンからの登山道が合流している。あとは史跡巡りの里山ハイキングだ。272m峰の矢野城跡は、マツ・雑木に囲まれた平坦地で、城跡の石碑や五輪塔(5基)などが立っている。野間神社は、発喜山の北の肩にあり、北側が巨岩の懸崖になって矢野城の詰城とも考えられている。476m峰の発喜山は、マツ・雑木に覆われて通過の山頂だ。矢野城が別名発喜城(ほきじょう)とも呼ばれていることから、発喜山は「ほきやま」と読むのかもしれない。取付から絵下山公園頂上広場まで、1時間25分を要す。小晦日(こつごもり)の広島デルタを眺めやるが、小雪がちらついて寒いこと。

絵下山展望台(8:58)

地デジ放送所下の展望台(9:05)

絵下頭山頂(9:27)

地デジ放送所 絵下頭の岩上より(9:28)

深山の滝(10:09)

矢野峠(中倉山取付)(10:35)

中倉山三角点(11:15)

野呂山、灰ヶ峰など 宴会岩より(11:19)
絵下山の西側頂稜に、かつての様相はない。北峰のホームテレビ絵下山放送所は展望園地、中央峰のテレビ新広島発喜山送信所は桜広場に変身し、南峰の広島デジタルテレビ放送所に統合されている。そして、三峰いずれの一画にも東屋付きの展望台が整備されて、似島、江田島、周防の山々を思う存分観望できる。中央峰東尾根の絵下山道路を下り、鞍部から絵下頭(えげがしら)に取り付く。絵下山の最高点に上がって、南東面180度の眺望を愉しむ。眼前にランドマークの絵下山テレビ塔、彼方に小田山、野呂山、灰ヶ峰、宮島、大茶臼山などを同定。北トレーニングコースを下り、キャンプ場に出る。ちょこっと深山の滝を探勝して、矢野川右岸の径を伝う。市道安芸4区192号線に出て、向かいの里道に入る。県道34号矢野安浦線を右に取り、矢野峠(やのだお)から中倉山に取り付く。ひと上りすると、踏跡が現れて、難なく中倉山の山頂に達した。三角点は、無線中継所の建つ南の肩にある。そこから東面に径が下って、100mばかりで宴会岩と呼ばれる展望岩に出合う。眼前に広がる家並みや山なみの景色は秀逸で、まさしく呼名どおりのテラスである。

絵下山、中野山、龍山、中倉山南尾根より(11:33)

中倉山下山地点(11:52)
三角点に戻って、南尾根の電波塔管理道を下る。右手に絵下山から龍山への連なりを見てほどなく、寺屋敷へ下る径が右に分かれる。たどると、15分で市道安芸4区192号線に出た。

龍山(龍ノ口山)取付(山水苑団地)(12:18)

龍ノ口岩(12:50)

龍山(龍ノ口山)山頂(13:18)

西小屋山山頂(13:31)
南に下って、山水苑団地から境界尾根のマミヤ城跡に取り付くが、シダと棘に恐れをなし撤退。北側尾根の灌木が薄いので、そっちに取り付いてみた。稜線(宮が畝)に上がると、2014年5月12日の林野火災の跡が色濃く残り、未だに下生えはまばらの状態。おかげで、指呼の間に中倉山を眺め、難なく尾根を詰めることができた。取付から30分で山道に飛び出す。道が北東尾根に下っているところを見ると、五月台団地に登山口があるようだ。尾根道を左に取ると、すぐ龍ノ口岩に出合う。大層な奇岩の岩屋であるが、どうみても龍ノ口には見えない。東側の展望所で本庄水源地や焼山アルプスを眺めながら昼食。ひと上りで龍山。樹林に囲まれた平坦地の北西と南西の尾根に径がある。この際、南西尾根の西小屋山までピストン。よい径が深山の滝まで続いているらしいが、西小屋山に見晴しはない。

休山、鉢巻山、烏帽子岩山など 展望所より(13:52)

中野山山頂(14:00)

明神山分岐(14:49)

明神山山頂(15:08)
龍山に戻って北西尾根の径に入る。乗越鞍部を上り返したところに展望所があり、烏帽子岩山から市原山にかけての連なりを一望できる。ほどなく、中野山の北東尾根に上がる。乗り越しの径が市道安芸4区193号線を経て絵下山へ、尾根径が左に中野山を経て二艘木へ続いている。この際、中野山に寄り道。十字の割れ目で寄り添う巨岩が山頂で、上に立てば南東面180度の眺望が得られる。灰ヶ峰、市原山、野呂山、休山、小田山、石岳山、石嶽山、焼山アルプス、烏帽子岩山、鉢巻山などを同定。分岐に戻って絵下山に向かう。市道歩きの途中から、地デジ放送所専用道路に入ってみる。で、展望東屋への通り抜けができるはずもなく、道路下のヤブを漕いで破線径に合流する有様。ここは、絵下頭との鞍部から南に分かれる三段道の上段をたどるのがよい。中央峰の西尾根径を下り、子の岳との鞍部から明神山ルートに入る。明神山は少し広く刈り払われただけの樹林の山頂で、小さな札が地味にかかっている。

茶臼山山頂(15:56)

明神山 茶臼山より(15:57)

森山、黄金山など 茶臼山より(16:00)

茶臼山山頂直下にあるバイオトイレ(16:03)

132.0m三角点(16:26)

明神山下山地点(16:42)
明神山北尾根を10分ばかり下ったところで、右に矢野南小学校への径が分かれる。左の境界尾根の径を選ぶ。さらに10分下ったところから主尾根(境界尾根)は北西に向かうが、三角点マークに誘われて北支尾根に迷走。ちょっと地域研究をやらかして境界尾根に戻ると、ほどなく茶臼山の展望園地に達した。坂町では高尾山と呼ばれ、野間氏の高尾山城本丸跡である。昔から坂町では「天神堂」、矢野町では「ぢゃあすけ」の愛称で親しまれていると云う。広い平坦地の北側に立派な展望休憩所が整備され、広島デルタが一望できる。来し方を顧みれば、明神山が立ち上がり、子の岳が後ろに続いている。桜の樹がたくさんあり、花見時にはさぞ素敵なことだろう。これより、舗装遊歩道が坂町側(天神堂&八幡神社)に下るが、境界尾根の径をたどる。尾根末端で径は不明瞭になるが、獣防護柵に沿うと難なくR31に降りた。年の瀬の大渋滞を横目に、ポレポレと起点に還る。



軌跡図
                                                   所要時間:10時間06分、歩行距離:23.3㎞ 
この地図は、国土地理院発行の地形図を使用したものである。